2016年9月30日金曜日

腎臓結石とジェットコースター

腎臓結石はジェットコースターで排出できる? 米研究 - CNN.co.jp
http://www.cnn.co.jp/fringe/35089759.html

ジェットコースターに乗って揺さぶられると小さい腎臓結石なら排出できるらしい。
腎臓結石(尿路結石)は上部尿路結石(腎臓と尿管にできる結石)と下部尿路結石(膀胱と前立腺にできる結石)に大別され、ジェットコースターで揺さぶられて排出されるのは上部尿路結石らしい。

尿路結石は相当痛くて苦しいのはよく聞く。家族の一人もコレでかなり苦しんでいる。こういった新たな民間療法が広まって、少しでも痛みや苦しみが軽減されればいいなとは思う。

異星人とかいうのが来るわけない理由

異星人が地球に来る?
それはない、近くには来ても地球に直接来ることはない。

理由は簡単だ。細菌、ウイルス、バクテリア、その他もろもろの脅威を避けるためだ。全く異なる生態系の生物が別の生態系への免疫や防御のシステムを備えているとは考え難い。もちろん、こちら側(地球側)も同じことで、相手側が異なる生態系での細菌やウイルスやバクテリア、微生物や寄生生物を知らずに持ち込む可能性もある。靴の裏にくっついていたりするあろうし、体表にもいっぱい付着しているし、体液やら老廃物にもいろいろ含んでいるだろう。
このことから、異星人がこちら側で直接接触を行うことはないと断言できるのである。

一次接触としてはもちろん通信による方法が選択されるだろう。接触なしで交流できるわけだから。しかもどのような移動手段よりも高速だ(荒唐無稽な夢物語を語る小説やマンガに描かれるようなものは論外)。

地球上で異星人が存在できるとは考えられない。割れたガラスの上を全裸で転げ回るような行為が好きな人を私は知らないように、危険な有機物が蔓延する場所でノーガードで居られるような生物はいないだろう。

珪素生物とかいうのを話題に持ち出す連中もいるのは知っている。それも荒唐無稽な話で、そもそも壊れやすく脆い構造の有機生命体のような仕組みを取り込む必要はない。太古の昔からそうだっただろう、鉱物や無機物とかは結晶構造で自己を保てるので遺伝とか複製とかが全く必要ではない。生命体である必要すらない。結晶構造が維持できればいいわけだ。進化したり構造を複雑にする必要性が全く無い。
珪素生物なるものが自然発生するとは考えれないことから、それは別の生物が「造った」と考えられるだろう。だがその珪素生物も知能が上がれば単純な結晶化がベターであることに気がつく。進化の果てがわかっている以上、未知数などという夢はありえず、ここで終わり。

もしも完璧な免疫システムが確立されて、双方にとって安全な接触と交流が実現できたのなら、異星人との接触もあるかもしれない。それは今ではないのはわかる。

いろいろ否定はしたが、いつかお互いに影響を及ぼさない場所(ここではない場所)で会談できるようになるのではないかと想像と期待はしている。

2016年9月28日水曜日

当てはまらないタイプだった

9割の人がどれかに当てはまるだと!?「4つの性格タイプ分類」が海外で話題
http://rocketnews24.com/2016/09/26/803567/

4つの性格に分類されるということなのだが、自分はどうやらそれ以外に分類されるようだ。

「2人で協力関係を構築し、1匹づつウサギをハントしたのち、鹿のハントに挑む」という行動をすることにしたわけで、上記のサイトでの分類にあてはまらない行動となった。

確実に得られるものを確保してから可能性に挑む。

2016年9月27日火曜日

あーっ!ウサギさん

そりゃ困るわな(見ている方が特に)
https://twitter.com/akuma1005/status/779541849060941825

うさぎさんからの積極的な責め、いぬさんは逃げられない!



親類の設計屋さんがウサギを飼い始めたと聞いた覚えがあったなぁ。ウサギは可愛いし鳴かないからいいのかもしれない。小学生の頃に飼育係の手伝いでウサギにキャベツを手ずからやっていたら、指をガリっと齧られたことを思い出した。怪我はしなかったけど、なんだか怖かったなぁ。

2016年9月26日月曜日

目の疲れをとるツボ、押してみた(効果あり)

目の疲れがひどくて本を読むのも面倒なくらいだ。目の疲れをとるツボを押せばいいらしいので、押してみた。

あじゃじゃしたー
ツボ押したら目の疲れとれすぎワロタwwwwwwwwww
http://blog.livedoor.jp/chihhylove/archives/9369067.html

半信半疑だったが、これは効果ある。即効で効くね。

それと、目の枕(アイピロー)っていうのもあるので、目の疲れで困っている人は試してみるといい。




目が疲れる前にそれなりの対策は必要だけど、あまり目薬とか頻繁に使いたくはない。最近のPC用液晶モニタは目の疲れを軽減させるような仕組みとして、バックライトがチラつかないような技術が使われている。長時間作業をする人はモニタを変更するのがいいと思う。



それにしても、最近の液晶モニタは安価になったと思う。画質もいいし残像感も少なくなったし、ここまで綺麗で高速に表示できればゲーマー以外のほとんど人は満足できるなんじゃないかと思う。

2016年9月24日土曜日

まさにその通りなんだよな〜


まさにこれなんだよね。説明したって伝わりにくいしこちらの表現したい部分の中身を相手が理解できているかどうか不安にもなる。絵の説明を熱く語っても、相手の中に(内面に)こちらと同じもの(感情とか体験とか知識や理解力応用力、その他いろいろ)が備わっているわけじゃないから、いちいち説明してもわかってもらえているのかいつも疑問に思うことが多い。絵を描かない人ほど説明と解説を求めてくるから、その都度説明するのって嫌なんだよ。
はっきり言うと「自分の絵を解説するのはすごく恥ずかしいからしたくない」ということ。ものすごい例えになるけど「性行為の最中に淫語を声に出して言わせる行為」と同じようなものなんだよ。ある種の羞恥プレイだね。

自分の場合はこう言うことにしている「あなたがそう見えて感じるのならば、それが正解だと言える」と。

抽象的な絵画や作品を普通の人が見る場合に一番気をつけなければならないのは、抽象的表現になっているオブジェクトを具象で捉えてしまう点である。抽象物は「抽象物として認識」して理解しなければならない。抽象化された具象として作品を見てしまうからあなた方には妙な作品だと見えてしまうのである。



感性の無い者には抽象画を理解することは難しいことだといつも感じる。そんな偉そうなことを書いてはいるが、ピカソの作品をなんとなく理解できたのはつい最近だったりするので、なんとも恥ずかしい。



2016年9月23日金曜日

バセドウ病、結構辛い

バセドウ病の再発により治療をしている最中だが、このところかなり苦しい。

バセドウ病が苦しいのではなく、それに伴う状態の変化が苦しい。休みたい時に休んではいられない状況になり、かなり無理をすることを避けられない状況が続いている。これは精神面を病んでくる。
この状態になってやっと分かった、無理しすぎると鬱病になりやすいということだ。今の状態は軽度の鬱病と診断されると想像できる。バセドウ病を治療している人で自殺する人が出るのもわかる。自分自身を追い込んでしまいやすい状態になっているということだ。
かなり精神面への負担に対して用心すべき病気なのだと思う。

前回のバセドウ病の治療期間中はかなり運動とかしなかったので、体重が増加してしまった。今回の再発では無計画な運動ではなく、計画的に自己代謝を増やす方向で運動をしている。心拍数をあまり上げないように注意しながらの軽めの筋トレを行っている。この筋トレ、かなりの効果があることがわかった。負荷は低いのに面白いように筋肉が付く。体重の増加もほとんど無い。
このまま筋トレの負荷を少しづつ増やして、筋肉の量を増やしたい。

2016年9月16日金曜日

「シン・ゴジラ」、ちゃんと見た?……ではなくてさ、

「シン・ゴジラ」批評や批判やいろいろな意見や感想が沢山出ている。それだけ色んな人が映画館へ足を運んで、この映画を鑑賞したということになる。いいよね、映画。とくに劇場での鑑賞っていうのは、その前日からワクワクするよ。

さて、自分はかなり以前にそれこそ高校生の頃に以下のようなことを書いたことがある。多少の記憶違いはあるが。
「本当に映画を楽しめているのだろうか」と書いた。「批評したり批判するために見ているのではないのか」というようなことも書いた気がする。「その映画の中の世界に浸ることなく、没入した体験を共有していないのでは無いのか」と。

その映画の中に体は入れなくても、そのスクリーンに映し出された世界にのめり込めよ、と。そういうことが言いたかった。もっと映画を楽しめばいいのに。

批評なんてものは批評家にやらせておけばいい
もっと全力で楽しめばいい

映画の世界に入り込めるかどうかの指標は、リドリー・スコット監督作品の「ブラックホーク・ダウン」をどう感じたかで判別できる。あの映画の中に自分自身が入り込めていたのであれば、ものすごく心拍数が跳ね上がって「恐怖感とそれに打ち勝つ心」を自分自身が体感できたはずだ。そして再び緊張と恐怖、そして弛緩。


体感できなかった人は、残念ながら映画を楽しむ体質じゃ無い、そこに入り込めなかったのだから。

要するに、批判や皮肉ばっかりな感想を履いてるヤツぁ、野暮ってことさ。



2016年9月10日土曜日

批評されるのがそんなに嫌なら、出てこなければいいんじゃないかな

カオスちゃんねる : 爆笑太田が苦言「素人がテレビ批評すんな」 「2ちゃんねる潰しゃいいんだよ」
http://chaos2ch.com/archives/4680285.html

 素人に批判されたくないのなら、表現したり出したりしなければいいわけであって、批判されるのは表現する者が当然受けるものである。それを避けることなどできない。

 批判されたく無いのならば、テレビやラジオで「爆笑問題」としての表現を行わなければいいわけだ。好意的な評価や否定的な評価もあるのは当たり前だ。もしかして、「自分は全世界の人間から絶対的な好意を寄せられている」などと勘違いしているのではないのか。それは慢心だ。
 好きな人もいれば嫌いな人もいる。世界は均質ではない。

 批評されて批判されて、それに対して意見や文句を言ってもいい相手同業者のみである。

ルイガノ JEDI

近所のスーパーマーケットへの買出しに行く途中、奇妙なフロントフォークをした自転車を見かけた。
何が奇妙なのかというと、フロントのサスペンションが妙なのである。

どこかで見たことがあると思ったので、探してみると JEDI という名前のミニベロ(タイヤの径が小さいタイプの自転車)であることがわかった。


ここのところ、この自転車に乗った学生さん(大学生くらいだろうか)をチラチラと見かけるようになり、「ああ、流行ってるんだなぁ」くらいにしか思っていなかった。値段的なことを考えるとホイホイと買えるような物とは思えない(20万円)。メーカーのルイガノは有名メーカーであることは知っていたが、こういう奇抜なものを出しているとは知らなかった。試乗してみたいな。

2016年9月2日金曜日

回帰分析の関数の夢を見るという悪夢

先日の夢なのだが、
lm関数がどうのこうのという悪夢にうなされた。
白背景に関数と書式が表示されているだけの夢だ。これは間違いなく悪夢の類である。

ここで面白いのは、この関数を使った式はどうやら回帰分析を行うものであるということだ。こういったものを直接記述した覚えはないので、はっきり言うと「謎の夢」なのである。

この夢に出てきた数式、全部覚えていて書き起こせていたら更に面白かっただろう。

汗だくで目が覚めたのは。これが悪夢である証左。
数学的な夢というのはものすごく疲れる。