2017年2月26日日曜日

mpv.conf 一部修正、さらに修正

MacPorts版のmpvに使う mpv.conf の中身を一部修正、さらに修正。

https://sites.google.com/site/bzgbg1606warehouse/home/openwarehouse/mpv.conf?attredirects=0&d=1

videotoolbox decoderを使わない設定に変更
・この設定を有効にしているとエラーが出るようになったので無しにした

デフォルトボリュームの値を変更
・ここの辺りは使っているMacの音量設定次第


Sharpenfilterの値を30に変更
・少しでも処理を軽くするためだったが、数値を下げてもあまり意味はなさそう

osd-barを非表示
OSC(On Screen Controller)の表示位置と重なるので非表示に



# 画質
vo=opengl
opengl-backend=cocoa
scale=oversample
tscale=spline36

# ハードウェアデコーディング (OS X)
#


# キャッシュ
cache=yes
cache=24576
cache-seek-min=16384
cache-backbuffer=24576

# Disable any framedropping.
#framedrop=vo

framedrop=no

# Hardware acceleration.
sws-scaler=x

# Sharpenfilter (luma).
sws-ls=30

# Sharpen filter (chroma).
sws-cs=30

# オーディオ
ao=coreaudio

# スタートアップ音量設定
volume=45

# デフォルトボリューム設定
volume-max=150

# イコライザ設定
af=equalizer=7:8:7:5:6:6:7:7:7:6

# 常時前面表示
#ontop=yes

# OSC (On Screen Controller)
#osc=no


# OSD 

osd-duration=5000
osd-font-size=20
#osd-bar-align-x=0
#osd-bar-align-y=1
#osd-border-size=1

osd-scale-by-window=no
osd-bar=no

# 字幕
#sub-text-font-size=28
#sub-scale-by-window=no



非力なマシンで使っているので、負荷の少ない設定を目指したらこんな感じになった。

2017年2月19日日曜日

助け合いのしるし - ヘルプマーク

助け合いのしるし ヘルプマーク
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/helpmarkforcompany/index.html

東京都福祉保健局
ヘルプマークとは
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/helpmark.html

 こういったマークがあれば助けが必要な人の手助けがしやすくなる。
 困っているのかどうなのか判断がつきにくい場合もあるし、妊婦さんだと思って席を譲ろうとしたら、過度な肥満体の人だったということもある。呼吸が荒くて顔色も悪いので急病人なのかと思ったら、単なる運動不足で無理して階段を駆け上がってきただけだったり。

 遠くの見知らぬ人を助けようとするより前にあなたの身近にいる人を助けなさい。それは何も難しいことでは無い。席を譲られたのなら感謝の言葉を声にして「ありがとうございます」と言いなさい。席を譲った側の小さな気持ちを踏みにじるようなことはやめなさい。
だから私は「席を譲ったのに断られたらこっちが恥ずかしいだろ、とっとと座れ」と言うことにしている。




 お互いを察して譲り合う社会が日本のいいところなのだが、それを邪魔して壊そうとする「自称日本人」がいるのが腹立たしい。そしてそういった偽日本人の妄言に感化されやすい人も多い。
 (自分の頭で考えないのは楽だから、そこに逃げ込む人は多い)

2017年2月16日木曜日

除雪状況から見える、その地域の公共性レベル

 公共性の高い活動から見るその地域のレベルの話をしてみる。

 鳥取県在住で、今回かなりの積雪で苦しんだ。雪かきしても退けた雪の分だけさらに積もるという最悪な状態だった。それでもめげずに除雪作業を継続し、宅配業者のトラックが楽に通れるだけの除雪はできた。近所の人たちも頑張って路上の雪かきをして、自動車が安全に走行できるくらいにすることができた。
しかも、みな自主的に路上の除雪作業を始めている。誰かが「除雪作業をしましょう」と号令をかけたわけでもない。



 今いる地域は誰かが除雪を始めれば徐々にやり始める程度の公共性はある。ただし効率は非常に低い。なぜならば高齢者が多く、若年層は他地域からの移住で地域に対して何らかの活動を行おうという意思が無いからである。

 畑の土地を宅地造成し、アパートなどが並ぶところの除雪は全く行われていない。なので、徐々に雪が溶け始めてシャーベット状になり、ますます通行が不便になる。誰も除雪しないからこうなる。
これと同じように、マンションなどの周辺も除雪されていないことが多い。ぐちゃぐちゃドロドロの溶けかけの雪で最悪な状態なのだが、誰も何もしていない所もある。

 積雪時の除雪という公共性の高い活動ができている地区がどこら辺なのか、往復5キロの買い出しに行くだけで見えてくる。どこがとは書かないし言わない(失礼だからね)。

 自分の店舗の駐車場の雪を歩道に積み上げてるとか、圧雪で硬くなった氷雪をツルハシでかち割りながらたった一人で路上の除雪作業をしている高齢者とか、いろいろなものを見ることができた。
どこのあたりを除雪していくといいのかもわかり、次の機会に生かしたい。


 自分は上のようなプラ製の軽いものを使った。金属製のタイプは重いので長時間の作業には不向きだ。ただしこういったプラ製のものは軽い雪用で、水を含んで重くなった雪や凍り始めて重く硬くなった雪には使いにくい。



2017年2月13日月曜日

鮮血のごとき赤い機体

赤い機体と聞いて思い出されるのは例の赤い彗星というのが定番だろう。普通はそうだと思う。だがしかし、「福神」を知っているだろうか。「機動旅団八福神」というマンガに出てくる人型機動兵器のことだ。

このマンガ、ずっと長い間作品名を知らないままで、気にはなっていたもののタイトルを知らないので買えなかったのだが、偶然目にすることができてやっと手元に来た。

内容はそれなりに難解で、登場人物を把握していないと掴み所が無い。主人公とその周辺という覚え方だとダメだ。そのくらいに生々しいというか、それぞれの人物に感情と温度がある。

さて、鮮血のごとき赤い機体の「福神」だが、ぱっと見はそんなにカッコいい感じでは無い。だがそれは間違いである。だんだんカッコよく見えてくるから安心して欲しい。むしろこの着ぐるみっぽさが妙にリアルである。

「機動旅団八福神」、かなり内容が濃い目のマンガである。

2017年2月12日日曜日

新しくノートパソコンを買うときはこれを参考にするというのもアリかと

進級や進学、新たに社会人として生活するときに、新しいパソコンが欲しいとか思うもの。店頭で見てもわけのわからない数字とかで溢れていて、どれを選ぶといいのかわからないということがよくある。ハイスペックなマシンが欲しいという場合は店員に相談すればいいが、普段使いで比較的壊れにくくて面倒がないものを探すとなると一苦労である。

そんなわけで、壊れにくい製品が欲しいなら、各メーカーの「故障率ランキング」を参考にして選ぶというのはどうだろうか。

メーカー別パソコン故障率ランキング2016―利用者3万人に調査―
http://net-shitsuji.jp/pc/content/breakdown-ranking.html

ランキングではASUS(エイスースって読むらしいが定かではない)が故障率が一番低いらしい。マザボ(マザーボード)とかでも有名な会社なので、自作PCとかをしている人には納得の結果らしい。

ASUSといえば東日本大震災での「GOD BLESS JAPAN」の刻印の入ったマザーボードのお話がある。すでに有名な話なので、今更多くを語る必要はここではないと思うが、ASUS GOD BLESS JAPAN で検索して見てくれればいいと思う。あなたがASUSの製品を選ぶ理由の一つに必ずなるはずだ。

自分もこの結果を参考にしたいと考えている。


2017年2月8日水曜日

サンゴを傷つけるな、ってどの口が……

沖縄の米軍基地の工事でサンゴが傷つけられるのが悲しいのだそうな。

なら、沖縄県のその他の埋め立て工事はどうなのさ。
たとえばこれ
26°18'12.1"N 127°50'23.3"E

かなり大掛かりにサンゴ礁を削って埋め立て工事とかしてるのだが、それについてはどうなのさ。きちんと手順を踏んで、環境アセスメント調査とかもクリアしているのだろうと想像できるが、反対派の連中が大騒ぎしている様子は感じられない。

反対する理由に一貫性がなくて、ただ単に米軍憎しだけで活動している連中でしかない。少なくとも私からはそう見える。

2017年2月7日火曜日

お前の限界はその程度なのか

 「もうみんな限界に来てるんだろうね、いろんなものが」
 それはどのくらいの「みんな」なのだろうか。小学生が言うところの、自分の知っている小さな範囲において、さらになお狭い範囲での事柄をものすごく大きく誇張して言うところの「みんな」というものではないのか。

 「限界」?、その程度はまだ限界に至る道半ばだ。
本当の限界はもっと先の方だ。そもそも限界だと声に出して言う程度ではまだまだ余力を残している状態で、実際には精神的な弱音でしかない。胃に穴があいて吐血するくらいが限界の手前。鬱を発症して「明日の朝からは、自分だけがいない世界が始まるのだ」という結論を自問自答の末に導き出し、積極的に自分を自分で殺害しようとする手前あたりが限界。精神的に追い詰められ自らも追い詰め、ぶっ倒れるあたりが限界。

 みんな、とか、だろうね、とか、いろんなもの、とか、 うまいこと逃げてるあたりが気に入らない。

 個人的な意見というより狷介(けんかい)ではないのか。それとも私の過去における「明日の朝からは、自分だけがいない世界が始まるのだ」という結論は大したことではないのか。

「もう限界」とか語れてしまうのはまだまだ限界に辿り着いていない。その状態から抜け出せない逃げられない、そういう隅角に追い込まれてから「限界」を語ればいい。限界には大きな個人差があるし、その限界は他人ではわからない。逃げ出せる余力があるうちは限界ではないし、目の前の困難は乗り越えられる案外低い壁かもしれない。その壁を乗り越えたくないのなら、余力を使ってその道から外れればいい。死ぬなとか無責任なことは言わない。その余力は生きるために残して欲しい。騒がしく叫んだり暴れたりするためにある余力ではないことを忘れないで欲しい。

 「明日の朝からは、自分だけがいない世界が始まるのだ」というこの言葉を記せるようになるまで十数年かかった。死ぬのも苦しいが、死に損なうのも苦しいのだ。